「断片化」する書物

書籍の電子化の話が喧しい。 また、実際に焦眉の課題になりつつあることもまちがいないだろう。森銑三、柴田宵曲共著の「書物」は、こんな時期に読むのには、いかにものんびりした本かも知れない。 とくに希有の書誌学者であり、戦後の苦しい時期には、反町…

読者・語り手・作者

「読者はどこにいるのか」というタイトルは、現在、多くの出版社の人間、編集者にとって、切実な問いに違いない。 むろん、石原千秋のこのタイトルの意味は、売れ行き不振に悩む出版社に対する指南ではない。 「文学理論」として、書物に対峙した時の「読者…

未完のテクスト

ソーントン不破直子著の「ギリシアの神々とコピーライト」は、西欧における「作者」の概念の変遷を包括的にたどれる好著だ。著者は、ギリシャ古典・聖書の時代から「作者」は、神の代理であったということから説く。 ルネッサンス期以降自立した「作者」が誕…

発見された読者

バルザック、ユーゴ、ジョルジュ・サンド、ジュール・ベルヌ、ドーデ、ボードレール、ゾラ、ユイスマンスetc.…。 19世紀の編集者・出版社の経営者、さらにあわせて児童文学者だったエッツェルの生涯を語る大部の本は、その登場人物の多彩さだけでも、十分に…

「多くの書を作れば際限がない」 伝道の書

アルベルト・マングェルの本は、『世界文学にみる架空地名大事典』にしても、『読書の歴史─あるいは読書の歴史─』しても、読む者を(少なくとも私を)幸福な気持ちにしてくれる。 ある人々はペダンチックと言うかもしれないが、その博識には圧倒され、「読む…

無聊について

私は基本的に時間に対してとてもケチなのです。ですから、時間を投資したものについては、何らかの形で回収しようとします。本についても同じで、「読み終わっておしまい」では、本代も時間も、もったいないと思うのです。 勝間和代 『読書進化論」』p21 勝…

百科全書について

「web2.0」と一括して総称されている動きに関して、昨年来の礼賛の本に加え、批判的な本が書店で目立つようになったと感じている。 手に取って読んだ本は、「小山 雄二著 Googleが消える日」・「アンドリュー・キーン著 グーグルとウィキペディアとYouTubeに…

艶本江戸文学史

前回「出版されなかったにせよ、ある程度のものが江戸期に、自筆本・写本の形で私蔵されきた証左であろう。」と書いた。 不明を恥じるばかりであるが、林美一の「艶本江戸文学史」を読んで、夥しい数のポルノグラフィが、江戸期を通じて版行されていることを…

江戸の禁書目録

今田洋三「江戸の禁書」の中に、明和八年の禁書目録が掲載されている。 これは、京都の書物屋仲間がまとめたもので、今田はその背景について以下のようにまとめている。 出版界では江戸根生いの書物屋が急速に力を伸ばしていた。それに圧倒されて、元禄以来…

禁書目録

ポルノグラフィの専門家のだれでもが―――そしてその後継者の多くが―――近代的なポルノグラフィの祖とするのは、一六世紀のイタリアのピエトロ・アレティーノである。 『ポルノグラフィの発明』p22 『ポルノグラフィの発明』の編者であるリン・ハントは、そう書…

20年を経て

先日、必要があって「リクルート事件」の記事を読むために、朝日新聞の縮刷版を繰っていた。 1989年2月13日の月曜、江副逮捕の記事を探している時、その前日の日曜の読書欄に目が止まった。 まず「パソコンで『本の情報』速く広く」という記事。 初期のパソ…

円本と新聞宣伝

「出版と社会」は、大部の書である。触れられる「昭和出版史」のエピソードは、それぞれ興味深いにせよ、読み上げるのに相当な時間を要した。 まず、私は、著者が「序 出版のパラダイム」で述べている「出版現象の成層構造」などの所論に与しない。 本書30P…

寛政の改革

寛政三年、山東京伝・蔦屋重三郎は、幕府から処罰される。京伝著の洒落本三部作『錦之裏』『仕懸文庫』『娼妓絹籭』が処罰の対象で、京伝は手鎖五十日、板元の蔦屋重三郎は身上半減になった。 寛政の改革は、この「筆禍」によって、勃興し始めた江戸の町人文…

世界をリスト化する

「声の文化」の特徴の第一にJ・オングがあげているのは、それが累加的(additive)であるという点である。 16世紀のドゥエー版聖書に、「声の文化」の残存を見ている。 なかなか興味深いので、引用する。 はじめに神は天と地を創造された。[そして]地は形な…

野性の精神は全体化する

相当に刺激的な本である。 私たちが自明に考えている「思考のパターン」やそもそも「思考する」こと自体が、文字あるいは「書くと言う技術」に根ざしていると、「声の文化」との対比の中で明かされて行く。 「書くと言う技術」を持っていることは、かなり特…

後白河法皇

絵巻の読者を考える場合、いうまでもなく時代的変遷を考慮に入れなくてはならない。 その発生期、一〇世紀末といわれている時点では、前回引用した武者小路穣の指摘によれば、『後宮や高位の貴族の邸内奥深くのごく限られたもの』であった。 この時期、『伊…

『信貴山縁起』・読者についての疑問

中世の日本の文学に関して、あるいは美術に関しても、さらには社会史・歴史に関しても、通り一遍の知識しか持っていない。 この稿で覚え書きとして記しておきたいのは、このところ気にかかってしかたない疑問に関してである。 追々解決して行ければといい、…

遍歴する職人たち

実は10日あまり前から、ルネッサンス期の印刷職人を主人公にした、この魅力的な歴史小説「消えた印刷職人」を手に、なにを書こうかと思い悩んでいる。 高宮利行他著の「本と人の歴史事典」を拾い読みしたり、エズデイルの「西洋の書物」を読み出したりしてい…

アッティクス

岩波文庫版「キケロー書簡集」解説によれば、今日私たちが読むことのできるキケロの書簡のうち、「アッティクス宛書簡集」としてしてまとめられているものは426通におよぶ。 ルネッサンス期にペトラルカが、その発見に尽力したのだが、いずれにせよ紀元前に…

古代ローマの書物事情

WOWOWで放送中の『ローマ』を見ている。 それなりに面白いのだが、見ている自分に古代ローマ史の基礎知識が欠けているのが、よくわかった。幸いなことに、ローマの通史に関しては、私たちは『ローマ人の物語』(塩野七生著)という、わかりやすくしかも面白…

『解体新書』の扉絵

8月末、TBSの『世界遺産』で、『 プランタン−モレトゥスの家屋・工房・博物館複合体』の放送があった。 http://www.tbs.co.jp/heritage/archive/20070826/onair.html 放送内容には、やや不満が残った。 まず、30分の民放の番組で(つまりCMを考慮すれば、30…

福沢屋諭吉誕生

福沢が考えたのは、書林の機能であった「出版業と書籍販売業」のうち、出版業を分化して、福沢の手元で行なってしまうというプランだった。 そのためには、版木師や製本師などと福沢が直に交渉し、その職人を押さえてしまう必要があった。 といっても、福沢…

書林支配形態

福沢は、何が不満だったのか? 江戸時代の書籍商の形態・権利が、現代の感覚では分かりにくい。 書林支配に関しては、前回、引用した。 再度、検討する。 江戸時代の書籍商=書物問屋は販売だけではなく出版をふつう営んだので、かれらのあいだには、権利概…

福沢屋の発端

岩波文庫版「福翁自伝」年譜には、明治二年(1869)の項に 十一月福沢屋諭吉の名で書物問屋に加入し、出版業の自営に着手 (「福翁自伝」 340p) と書かれている。 実際、福沢自身が「福翁自伝」の中で 私が商売に不案内と申しながら、生涯の中で大きな投機…

情報技術とメディア

アイゼンステインの「印刷革命」は、いうまでもなく、重要な著作である。 その中で、著者は、「ルネサンス」と「宗教改革」を中心に、西欧の「近代化」の意味を問い、それに決定的な影響をあたえたのは「印刷」の発明だったことをあかしていく。 まず、ルネ…

粉挽屋について

メノッキオのことを考えていて、粉挽屋という職業の特異性を思った。必要があって、鏡リュウジの魔女入門」を読んでいたのだが、その中の、以下の記述が気にかかったのである。 民間伝承では、粉ひき小屋は悪魔や魔女と関連付けられている。水車の機械仕掛け…

読書のもたらしたもの

カルロ・ギンズブルグの「チーズとうじ虫」は、書物史の文献リストに、必ずといっていいほど記載されている。 私自身は、ギンズブルグのよい読者ではなく、「夜の合戦」も「闇の歴史―サバトの解読」も部屋に積まれているだけである。 すでに、このブログでは…

活字本の増刷方法

個人的なことだが、出版社に勤務して30年になるが、活版の本を作ったことがない。 すでに活版印刷が、事実上滅びている現状を考えれば、これからも作ることはないだろう。 主にグラビア、一時期オフの雑誌を作ることで、糊口の資を得てきた。 活版印刷に関し…

「グーテンベルクへの挽歌」

性格なのか、読みかけた本を途中で放り出すことができない。 実際、読みかけの本は部屋のあちこちに散らばっているし、現実には不可能かもしれないが、いつかは読むつもりである。 しかし、この「グーテンベルクへの挽歌」という本は、読み切るのは無理かも…

auteurとは何か

『万有辞典』は、「文学の分野で『オトゥール』は何か書物を明るみに出した者についていわれる。今日ではそれを印刷させた者に限っていわれる」と明記し、その用例として「この男はとうとう『オトゥール』となり、印刷してもらった」と付け加える。作者とい…