職業としての印刷
グーテンベルクという人物については、実はよく知られていない。
実際、高宮利行の「グーテンベルクの謎」によれば、
グーテンベルクが生存していた時代に発表された文献で、彼の名前が活版印刷術とからめて言及された例はない。たとえば、ゴットフリート・ツェドラー博士は、印刷術の発明はグーテンベルクではなく、ペーター・シェーファーであったと、二〇世紀初めに主張した。
(「グーテンベルクの謎」 63p)
この主張は、多くの人の賛同を得ずに消えたようだが、歴史的に言えば、活版印刷の発明者をめぐってオランダをはじめ各地で、我が町こそ発明地であるとの主張がなされてきた。詳しくは、上記の書「第5章」を読まれたい。
今日、グーテンベルクが活版印刷の発明者であるとされている唯一の「証拠」は、裁判記録である。
一四五五年一一月六日、グーテンベルクが「四二行聖書」の完成間近にヨハン・フストから契約不履行で訴えられた裁判記録は、そこに署名した公証人の名前から「ヘルマスペルガー文書」(ゲッティンゲン大学図書館所蔵)と呼ばれ
(「グーテンベルクの謎」 59p)
内容は、ヨハン・フストが、「四二行聖書」完成を見越して貸した(投資した)金を返済しろと言う内容のものだ。
結局、フストはグーテンベルクから印刷機械と印刷工を取り上げて、「四二行聖書」を独自に完成させた。
活版印刷発明の経緯を明かすものが、借金を巡る裁判記録だという点に、象徴的な何かを感じてしまう。
印刷、そして出版は、初期投資に多大な資本を必要とする。
版ができれば、それを大量に、廉価に販売して回収するわけだが、この「大量」にということがポイントになる。
大量に販売するまでに、最初の企てから、時間的にはかなり隔たりがある。
そして、印刷・出版にとって、「大量」に複製することが、唯一収益を確保する方策である。
いかに「大量」に刷るか、いかに「大量」に売るか。
この単純な指針だけで、印刷・出版は動いてきた。
すぐれて資本主義的である。
少数の人々の嗜好に答え得うる時代(そこで収益がでる時代)が訪れたとき、この指針は、やはり曲がり角を迎えずにはいられない。
- 作者: 高宮利行
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